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episode 03

ペトラも旅が好きだから、最初はどこかへ遊びに出かけたんだろうって思ってたの。
でも連絡がとれないし、SNSも更新されない。みんなで捜しているけど、見つからなくて。

優希さん、ペトラとのやりとりでなにか気になることはなかったかしら?

そう……、あの娘のことだから、たぶんひょいっと帰ってくるとは思うんだけど、ここのところ、ちょっと気になる事件があったから……。

あ、優希さん、喉が乾いたでしょう。よかったら、これ、お飲みになる?
コップがないから、水筒のフタでよければ、召し上がって。ええ、もちろん、どうぞ。まだ先は長いし。

カフェがあれば休憩していけるんだけど、もう住宅街から森に入ってしまったから、しばらくはなにもないのよ。

そうなの、この道、夜はかなり怖いの。今夜はあなたが一緒にいてくれて心強いわ。

あら、お茶、ちょっと苦かった?
ハーブティーなんだけど、少しクセがあるから、お口に合わなかったかしら。

ああ、その気になる事件?
実はね、このあたりで、若い女性が行方不明になる事件が立て続けに起きているの。だから、ペトラのことが心配で。あなたもどうか気を付けてね。

え?
なにか落ちていた?
……ピアス?

ああ……、よかったわ。それ、探してたの。ダメね、だらしなくて、いろいろなくしちゃうのよ。
そんなふうに見えない?
人は見かけによらないって言うでしょう?

確かに若い方向けの派手なピアスだけど、それがなにか?
こんなおばさんがつけたら、いけないって決まりでもあって?

若い娘って、平気で残酷なことを言うわよね。

え?
ううん、なんでもないわ。ただの独り言よ。

あ、やめてっ!
わたくしのものに勝手に触らないでちょうだい。フロアマットの端に置いてあるんだから、邪魔にはならないでしょう。

その大きな黒いビニール袋になにが入っているか? それは……、教えてさしあげられないわ。今は、まだね。

電話をおかけになるの?
そんなふうにコソコソ隠れたりせずに堂々とおかけになって。
ただ……、このあたり電波の入りが悪いから、かかるかしら?

ああ、やっぱりダメだった?
なにかお急ぎのご用がおありなの?
この森を抜ければ通話できるはずだから、もう少しお待ちになって。できるといいわね……、通話。

チラチラ気にしてらっしゃるのは、クッションのシミかしら?
もしかして、血痕じゃないかと思ってらっしゃる?
そんなわけないでしょ。コーヒーよ。ペトラがこぼしたの。

それでカッとなったわたくしがペトラを折檻して返り血が……なんてことはないから、安心してちょうだい。

え?
お手洗い?
しばらく森だから化粧室があるようなお店はかなり先に行かないとないわ。我慢できなければ車を停めるけれど、もう真っ暗だし、この森、何が出るかわからなくてよ。
ずっとキョロキョロされてるから、もうおわかりだと思うけど、車もほとんど通らないし。

この暗い森があとどのくらい続くのか?
もしかしたら……、この森から永遠に抜けられないかもしれないわね、ふふ。

優希さん、震えてらっしゃるの?
どうしても我慢できなければ停めるけど、大丈夫?

そうね、若い人はもっと我慢を学んでおいたほうがいいわ。だって、あなた、20年後、30年後の自分の顔を想像できて?
どうしてこんなことになってしまったの?って愕然とするわよ。
わたくしなんて鏡を叩き割りたい衝動と日々闘いながら、我慢しているんですから。

ピアスがなんですって?
もう少し大きな声で喋ってくださらない?

そのピアスをつけたペトラの写真がSNSに投稿されていた?
あら、そう。じゃあ、あの娘も同じものを持っていたのかしら。

この車がペトラのものじゃないかって、どうしてそんないいがかりをつけるの?

え?
ここにぶらさがってるマスコット?
こんなブタだかクマだかわからないちっぽけな人形が手に入らない限定品なの? へー。これもペトラのSNSにアップされてたってわけね。

あなた、そんなふうには見えないけど、なかなか洞察力と記憶力に長けているのね。でも、そんなことに気づかずドライブできたほうが、幸せだったんじゃないかしら。

確かにこれは、ペトラの車よ。わたくしが彼女に借りたの。友達ですもの。いけない?

そうよ。ペトラは車を置いたまま、行方不明になったのよ。

最後に彼女に会った人間?
そうね、わたくしかもしれないわね。

なぜ、わたくしがペトラとあなたの今日の約束を知っていたかって?
それは、ペトラから聞いていたからよ。だから行方不明になったペトラの代わりにわざわざ来て差し上げたのに、恩を仇で返されたような気分だわ。

ええ、そうよ。待ち合わせの場所も時間もあなたの名前も、すべてペトラから聞いていたの。彼女のSNSに届いたダイレクトメッセージを勝手に覗いたりなんかしていない……っていうのはやっぱり少し無理があるかしら?
優希さん、思ったより賢い方みたいだし。
でもね、全部、ペトラが悪いのよ。

ねぇ、わたくしとペトラ、どちらのほうが美しくて?

本当?
心の底からそう思ってくださる?

だったら、どうして?
……どうして、主人はわたくしじゃなく、ペトラを選んだの?

ただ若いってだけの、どこにでもいるようなあんな普通の娘を。

もしも、わたくしがペトラの肌を持っていたら……、あの人は間違いなくわたくしのもとに戻ってくる。ええ、そうよ。そうに違いないわ。だったら、やるしかないじゃないの。

そんなことしなくても綺麗?

嬉しいわ。わたくし、今日、あなたに会って、救われたのよ。

優希さん、出会った瞬間、わたくしを見てハッと息を止めたわね。あれ、見惚れてくださったでしょう?
あんなこと久しくなかったから、胸が震えたわ。わたくしは間違っていなかったんだって。

今からでも遅くないって、なんのお話?
それだけ美しければペトラに勝てるって、いったいなにをおっしゃってるの?

わたくしが美しさを取り戻せたのは、ペトラのおかげなのに……。
あなたが敬愛するエリザベートの美容法は本物だったわ。
若い娘の血を浴びると、肌がね、息を吹き返すようにみずみずしく潤い、よみがえるの。

ねぇ、おやめになって。そんなにガタガタさせたらドアが壊れてしまうわ。
開くわけないでしょう。ロックがかかっているんだから。

助けて?
そうね。そうして差し上げたいけれど、一度この味を知ってしまったら、もうやめられないのよ。

それに、あなたほどおあつらえ向きな獲物はいないもの。母親にも言わずにスロバキアへいらしたんでしょう?
だったら、ここで消えても、誰もあなたを探さないじゃない。

なにかお探し?
武器になるようなものなど、なにもなくってよ。

あがいても無駄なことだわ。どうか覚悟をお決めになって。だって、あなたはもう召し上がってしまったじゃない、あの苦いお茶を。
そろそろ身体が痺れてくるころじゃないかしら。

運命だと思って、すべてを受け入れて。さぁ、眠っておしまいなさい。そうすれば、痛い思いをせずに天国へ逝けるはずだから。

ああ、でも、エリザベートに憧れているあなたなら、残酷な拷問のほうがお好みかしら?
残念ながら、鉄の処女や内側に刃物が付いた大きな鳥籠はないけれど、火かき棒ならご用意できるわ。熱々に赤くなるまで熱した火かき棒を、あなたの喉の奥まで……、ふふ。

優希さん、お約束するわ。
あなたの身体を流れるあたたかい血は、すべて余すことなく大切に使わせていただくって。
最後の一滴まで大切に……、大切に……。

<続く>

AUTHOR

美輪和音 (みわ かずね)

2010年『強欲な羊』で第7回ミステリーズ!新人賞を受賞し小説家デビュー。脚本家としても数々の作品を手掛け、代表作は映画『着信アリ』シリーズ。東京都出身。

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