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episode 04

洪水から4日目の朝、私とニックには朝食が割り振られなかった。

私はどうせ食べられないだろうから。ニックは腫れた頬が痛かろうから。「代わりに俺たちが、仲良く分けて食べてやるよ」とイーサンは笑った。

抗議したところで、しょせんは4対2。いいや、ニックと私は結託していないから、4対1対1だ。イーサンと敵対したニックと、おもねらなかった私には、懲罰が必要と判断されたらしかった。

人は序列を作りたがる。学校でも職場でもクラブチームでも、意識的、あるいは無意識的に、上位者と下位者には番号が振り分けられている。下位の者にも優しく手を差し伸べるか、それとも徹底的に叩くのか、コミュニティの性格はリーダーの素質に左右される。

私たちがこれまでうまくやってこられたのは、ニックがリーダーを務めてきたからだ。彼の平等主義のお蔭で、序列を意識することなく穏やかに過ごしていた。

少なくとも、表面上は。

本当は火星生活が始まって数週間で、これは危ういと感じていた。年齢にも価値観にも人種にもばらつきのある6人の共同生活は、プライバシーが少なく逃げ場がない。意見がぶつかっても適切な距離を取ることができず、頭が冷える前に相手と関わることになる。

私たちは明らかに余裕をなくし、苛立っていた。そこでニックが提案したのだ。対立を生みやすい宗教的、政治的信条に基づく話題は避けること。夜は必ず自分の部屋で、1人の時間を作ること。2人ひと組でやる作業では、固定したペアを作らないこと――。

つまり我々の関係は、特定の誰かと仲良くなることを避け、胸の内をさらけ出さないことでバランスを保っていた。

元より、危うい足場の上に渡した板の上で暮らしていたようなもの。崩れるときは、一瞬だ。このままでは食料の分配の不均一が、いずれ飲み水にまで及ぶおそれまであった。

このコミュニティはもう、壊れている。弱者を作り虐げる、ファシズムの雛形だ。たった6人でも隔離されてしまえば、人は国家を作り出せる。

そしてその不安定極まりない勢力図は、昼過ぎにはまた書き換わった。

アメリカの各州から派遣された排水ポンプ車が夜通し働いてくれたお蔭で、洪水現場からはどうにか水が引いていた。報道で見る街並みはどこもかしこも泥にまみれ、濁流に流されてきた無数の木片やゴミが散らばっている。建物のわずかな目印からそれが我が家の近所の光景なのだと知り、私は言葉をなくしていた。

そんなときに、イーサンが軽口を叩いたのだ。「このへんの土もこのくらい濡れててくれりゃあ、水を取り出すのも楽だろうに」と。

「信じられない」

誰よりも早く嫌悪感を示したのは、やはりカーラだった。よくも悪くも、彼女は潔癖なのだ。

「たちの悪い冗談だわ。そんなことをよくも、マイの前で言えたわね」

さすがにイーサンも、無神経な発言だったと悟ったらしい。だが彼は、強いリーダーであらねばならなかった。女に責められて己の非を認めるなど、あってはならないことである。

「黙れ」と罵った後に続いたのは、アフリカ系アメリカ人であるカーラに対して決して投げつけてはいけない言葉だった。

いっときその場が凍りついた。カーラは目を潤ませ、しかし涙は零さずに、イーサンを鋭く睨みつけていた。ニックが「あんまりだ」と首を振り、イーサンに惚れていたはずのリンダでさえ「最低」と眉をひそめた。ダニーはちょうど席を外していて、この流れに乗り遅れた。

これで、3対2対1。

面倒なことになった。あとは私がどちらにつくかで、パワーバランスが決まってしまう。

その日の午後から夜にかけて、イーサンはどうにか私を自分たちの陣営に引き込もうとし、ダニーは協調か中立を保つことを求めてきた。拠って立つ思想は違っても、独善的という意味では2人はとてもよく似ていた。

もう、たくさんだった。

<続く>

AUTHOR

坂井希久子 (さかい きくこ)

2008年『虫のいどころ』で第88回オール讀物新人賞を受賞。2009年『コイカツ-恋活-』で小説家デビュー。2017年には『ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや』で第1回高田郁賞、第6回歴史時代作家クラブ新人賞と数々の受賞歴を持つ。官能小説家・エッセイストと多彩な側面とバラエティに富んだ作風を持つ異色の小説家。和歌山県出身。

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